潜在的攻撃性パーソナリティ障害

潜在的攻撃性パーソナリティ障害とは、2010年に、アメリカの心理学者ジョージ・サイモン氏が提唱したパーソナリティ障害の一つのタイプです。サイコパス、あるいは反社会性パーソナリティ障害、あるいは自己愛性パーソナリティ障害の範疇に含まれている一つのタイプであると考えられます。どのようなものかというと、「他者を操作する者」。相手の心を意のままにコントロールしようとする性格の歪みといえます。自分の利益を得るために、他者を支配するパーソナリティです。「マニピュレーター」とも呼ばれます。

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知らないうちに操られている可能性

潜在的攻撃性パーソナリティ障害の特徴として、最初は「いい人だな」と思う面を見せて相手の信頼を得ます。そして、関わりが多くなるにつれて相手への支配を強めていくのです。従来の心理学で「マニピュレーター」と呼ばれてきたものです。マニピュレーターは相手を操るのが非常に巧みで、ある種の狡猾さを備えています。親切と理不尽な態度という矛盾した言動を繰り返すことで、相手を支配下に置こうとします。ターゲットにされた人は、しだいに自分の心が相手に支配されているような感覚にとらわれ、苦悩していくことになります。これが「マニピュレータ(manipulator)」と呼ばれる所以です。

アメリカの心理学者ジョージ・サイモン

「人を追い詰め、その心を繰り返し支配する者」を「マニピュレーター(=潜在的攻撃性パーソナリティ障害)」と定義づけしたのが、ジョージ・サイモン博士です。潜在的攻撃性パーソナリティ障害の特徴として厄介なのは、最初は協力的であったり、友好的であったりする点です。その時点では攻撃的な人物には見えないのです。相手を特別扱いしてその心をつかもうとしてくることもしばしばあります。家族に潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人がいる場合、親切に世話をしてくれたり、教えてくれたり、助けてくれたりする一方で、あれこれ指示し、あれこれ支配し、まるでこちらをしもべか奴隷のように扱う一面を見せます。そして、少しでもそれに反抗すると、「あなたを愛しているから言うのよ」、「家族だから言うのよ。他人は本当のことを言ってくれないのよ」、「あなたのためを思って言っているのよ」といったふうに、愛しているから、大事に思うから、あなたのためを思ってのことだから、という理由づけをして、支配を正当化しようとするのです。とりわけ、親しい関係になり、相手の弱点を知ったら、その弱点をつくことで支配力を強化し、時には、攻撃的な本性を見せてきます。そうやって他者を支配しようとするのです。

相手を特別扱いしたあとに与える「理不尽な厳しさ」

最初に優しさを見せて相手に接近するのは、相手の弱みを把握したり、相手の利用価値を分析したりするためともいわれています。相手の利用価値を理解した上で弱みを握って、逃げられないようにするということです。潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人は、このように戦略的に他者と関わってくるのですが、これは彼らの生き残り戦略といえるものです。潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人の持っている世界観は、弱肉強食、食うか食われるか。支配するか支配されるか。という二分思考の世界です。共存共栄の理念や利他の愛などの慈悲慈愛といわれるような博愛精神は持ち合わせていません。その意味では、決して善良な人間ではない、むしろ邪悪な人間であると道徳的には分析できるでしょう。そもそも、歪んだ世界観を持っているので、自分がこの世界で生き残るためには勝者にならねばならないので、対人関係という世界をまるで戦いの世界のごとく観ている人々であるといえるでしょう。

「他者に勝利し、相手を支配すること」

ジョージ・サイモン氏は『他人を支配したがる人たち』で「他者に勝利し、相手を支配すること」が潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人のただひとつの生存法則であるという趣旨のことを述べています。サイモン氏は、潜在的攻撃性パーソナリティ障害とは、人間関係を「搾取する側と搾取される側の関係」としか見れない人なのだというのです。このような世界観しか持てないというのは、多くの場合、幼少期の保護者とのかかわりの中で、こうした概念を植え付けられるような虐待や束縛や支配を受け、心が深く傷ついて歪んだという背景があると考えられます。その意味では、潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人は、とても憐れな、かわいそうな人たちであるといえるでしょう。しかしながら、自分の自己重要感を高めたり、満足感を得たり、あるいは、出世や名誉のためなら、彼らは他人を犠牲にすることを平然と行うわけですから、このような害悪の人の餌食にむざむざとなるわけにはいきません。

最初の段階では見破れないことも

非常に厄介なことは、いったん彼らに関わると「依存的な感覚が生まれてしまう」という点です。人間は、感情をゆさぶられると、良くも悪くも、その相手に惹き付けられてしまうという特性があります。ですから、恋愛心理学でも、あえて好きな相手の感情をゆさぶるように、相反するかかわり方をして、相手の関心を強く惹き付けるというテクニックが知られています。冷たくしたり、優しくしたり、押したり引いたりして感情をゆさぶっていくのです。そうやっていくうちに、最初は関心がなかった相手にさえ、好きという感情が生まれていきます。これと同様に、潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人から、好意をもたれているのか悪意をもたれているのかわからない「不確実性」が、相手への依存的な感覚を生み出して、離れがたい心理状態を作り出していくのです。不確実性が私たちの注意を引きつけ依存の心理を生み出すのです。自分に好意をもってくれている人物よりも、好意をもってくれているのかどうかよくわからない人物に、興味を抱きやすいという心の働きがあります。もちろん、好意をもってくれている人にも関心を持ちますが、好意が不確実な相手にも、わたしたちは強く関心を向ける傾向があるのです。「相手は自分をどう思っているんだろう?」と気になるわけです。それまで優しかった相手の態度が急に冷たくなると「私が何かしてしまったのかな?」と心配になるものです。結果的に関心が相手に向かうのです。「嫌なのに気になってしまう」という状態に陥るのです。

潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人から身を守るには

会えば会うほど相手に好感を抱くようになる現象を心理学では「単純接触効果」といいますが、一度関わりを持ってしまうと、潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人は私たちにさまざまな悪影響をもたらします。家族や親戚に潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人がいる場合、見破って距離を置くことで身を守る必要があります。職場などで遭遇する潜在的攻撃性パーソナリティ障害に対しては、第一に、よく観察して、相手を見破り、距離を置くことが最重要です。相手の正体を見破るには、潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人の行動様式を知っておく必要があります。接する人によって態度を変えるという典型的な特徴があるため、ある人にはとても親切なのに、別の人にはとても横柄な態度をとります。この徴候を見たら、マニピュレーターである可能性を考慮して、適度な距離を置いて、自己防衛することが大切です。

相手の理不尽な振る舞いに屈しない覚悟を持つ

また、家族や身内に潜在的攻撃性パーソナリティ障害の人がいる場合は、相手に、その理不尽さを自覚させることが大切です。たとえば、「そのように相手を支配する言動をするのは、一種の人権侵害だと思いませんか?」とストレートに伝えるのもよいですが、もう少し温和に「そのように支配、命令されるとわたしはとても心が苦しくつらいです」とアイメッセージで告げることも良い手です。このような反応を繰り返していけば、無理な要求をしている自分の歪みを自認させることにつながる可能性もありますし、相手がいつも素直に従う存在ではないと悟ることにもつながります。それでも押してくる場合は、「それはできません」、「お断りします」と要求を呑むのはとても無理だと断ることが大切です。「相手を支配したがる性格」に徹底的に抵抗していくと、主導権を握れないと感じて、去っていくことでしょう。相手の理不尽な振る舞いに屈し続ける必要はないという毅然とした覚悟を示すことが自己防衛の最善の策です。

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